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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)209号 判決

原告

甲野一郎(仮名)(X)

右訴訟代理人弁護士

栄枝明典

被告

東京都大田区洗足福祉事務所長(Y1)

中島博

被告

東京都大田区(Y2)

右代表者区長

西野善雄

右指定代理人

市原喜代司

右被告ら両名指定代理人

山口憲行

松井克之

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  請求一について

1  本件タクシー料金に係る処分は違法か否か。

(一)  生活保護法は、同法の定める要件を満たす者は、同法による保護を受けることができる旨規定し(二条)、その保護は、厚生大臣の定める基準に基づいて行うものとし(八条一項)、右基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであって、かつ、これをこえないものでなければならない旨規定している(八条二項)ことに照らすと、生活保護を受給する権利は、厚生大臣が最低限度の生活水準を維持するに足りると認めて定めた保護基準による保護を受け得る権利であると解すべきである。

もとより、厚生大臣が定める保護基準は、憲法二五条一項及び生活保護法に定める健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものでなければならないが、その具体的内容は、文化の発達、国民経済の進展等に伴って向上すべきものであり、しかも、多数の不確定要素を総合考慮して決定されるべきものであるから、右基準の設定は、厚生大臣の合目的的な裁量にゆだねられているというべきである。そうすると、右基準が憲法二五条一項及び生活保護法の趣旨及び目的を逸脱したものでない限り、生活保護は、右基準に基づいて行われるべきであり、かつ、それをもって足りると解するのが相当である。

(二)  ところで、厚生大臣は、本件基準において、地域の級地区分、要保護者の年齢に応じた生活扶助の基準生活費の額を定めるとともに、障害者加算として、地域の級地区分、障害の程度に応じた加算額及び障害者と同一世帯に属する者が介護する場合における加算額を定めている。

〔証拠略〕によれば、生活扶助の基準生活費の改定率は、昭和五九年度以降、いわゆる水準均衡方式により、政府経済見通しにおける当該年度の民間最終支出の伸び率を基礎として、前年度までの一般国民の消費水準との調整を行うことによって決定されていること、現在の被保護世帯の消費支出は、一般勤労者世帯の消費支出の約六八パーセントに達し、一般国民の消費実態との均衡上、ほぼ妥当な水準に達していることが認められる。

また、障害者加算は、障害者が最低生活を営むのに健常者に比べてより多くの費用を要することにかんがみ、基準生活費を上積みしたものであり、右の加算には、合理性が認められるというべきである。

このように、本件基準は、相応な根拠に基づいて定められたものであって、憲法二五条一項及び生活保護法の趣旨及び目的を逸脱するものであることを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告らは、本件基準に基づき、保護費として、障害者加算をされた経常的最低生活費を受給しており、最低生活費として必要なものはすべてそれによって賄われるべきであるから、本件タクシー料金は、保護費の中に含まれているというべきである。

(三)  これに対し、原告は、本件タクシー料金は、移送費としての通院交通費と同様に、保護費とは別に支給されるべきものであると主張する。

しかしながら、通院交通費は、生活保護法一五条六号に基づき、移送費に対する医療扶助として支給されるものであるところ、医療扶助は疾病の治療を目的とする給付であるから、公衆浴場へ行くための交通費である本件タクシー料金を右規定に基づいて支給することはできないというべきである。

また、原告は、公衆浴場の確保のための特別措置に関する法律三条により、国及び地方公共団体は公衆浴場を適正配置すべき義務を負っているから、経常的最低生活費や障害者加算額は、公衆浴場に行くのに交通費が支出されることを想定して定められているとはいえない旨主張する。

しかしながら、同条は、公衆浴場の適正配置を、国及び地方公共団体の抽象的な責務として掲げたものにとどまり、国及び地方公共団体に、一定の距離以内に公衆浴場を設置すべき具体的な法的義務を負わせたものと解するのは相当ではないから、右適正配置の規定をもって、経常的最低生活費や障害者加算額が右交通費の支出を全く想定していないものということはできない。

さらに、原告は、障害者加算額は障害者の等級により一律に定められていること、重度の心身障害者等に対して入浴設備費の補助が認められていることなどから、障害者加算額には公衆浴場に行くための交通費が含まれているとはいえない旨主張する。

しかしながら、障害者加算額が一律に決められているとしても、その具体的な使途は、世帯によって当然異なることが想定されているというべきであるし、入浴設備費は、近隣に公衆浴場がない重度の心身障害者等に対して、特別に支給を認めたものであって、これらのことをもって、原告の主張を根拠付けることはできない。

したがって、原告の主張は、いずれも採用することはできない。

(四)  原告は、自宅を有さず、入浴設備を設置することができない者や、近隣に公衆浴場がない地域に居住する者に対し、公衆浴場に行くための交通費を支給しなければ、入浴設備費の補助を受ける者や、歩いて公衆浴場に行くことができる者など、右交通費を負担しなくてすむ者と比べて、不当に重い負担をかけるものであり、不平等である旨主張する。

しかしながら、前記のとおり、公衆浴場に行くための交通費は、一律に経常的最低生活費の範囲内に含まれているものと解すべきであり、この点について差別的な取扱いがされているとは認められず、結果的に入浴設備費の補助を受ける者や近隣に公衆浴場がある者が右交通費を支出しなくて済むことになったとしても、それは本来各世帯の具体的な使途の差異に解消されるものであり、また、入浴設備費の補助は、入浴設備自体に要する費用に着目して、その設置をしようとする者に対し、平等に支給されるものであるから、これをもって、原告につき異なった取扱いをしなければならないような不平等が生じているということはできないというべきである。

(五)  したがって、本件タクシー料金に係る処分は適法であるというべきである。

2  本件エース帯費用に係る処分は違法か否か。

(一)  〔証拠略〕によれば、指定医療機関である大森赤十字病院は、けさよの治療上、足指を固定するためにエース帯を使用したこと、同病院は、原告から、誤って医療扶助の対象となるべき本件エース帯費用を徴収したこと及び同病院は、原告に対し、徴収金額全額の返還を申し出ていることを認めることができる。

(二)  ところで、生活保護法によれば、医療扶助は、現物給付によることができないとき、これによることが適当でないとき、その他保護の目的を達成するために必要があるときを除き、現物給付によって行うものとされ(同法三四条)、医療給付の内容は、国民健康保険の診療方針の例によるものとされている(同法五二条)。そして、足指を固定するために使用されるエース帯は、創傷処置の通常の治療行為のために使用される治療材料として国民健康保険が適用され、現物給付による医療扶助の対象となるから、本来原告が費用を負担することにはならないものであり、被告所長がその費用を別途現金で支給することはできないというべきである。

したがって、本件エース帯費用に係る処分は適法であるというべきである。

(三)  これに対し、原告は、大森赤十字病院が、現物支給すべきものをせずに、原告から本件エース帯費用を徴収してしまったのであるから、現物支給の方法によることができないとき、これによることが適当でないとき、その他保護の目的を達するために必要があるときに該当し、被告所長が本件エース帯費用を現金で支給すべきであると主張する。

しかしながら、けさよは、既に現物給付による医療扶助を受けているのであるから、現物支給の方法によることができないときとか、これによることが適当でないときなどに該当するということはできず、同病院が誤って徴収した本件エース帯費用は、同病院から返還を受けるべきものであって、被告所長が重ねて右費用を支給する法令上の根拠がないことは明らかである。

したがって、原告の右主張は失当である。

(四)  なお、被告所長は、本件エース帯費用は保険外診療費であり、自己負担となることを理由に、原告の保護申請を却下したものであるところ、右費用は、前記のとおり、国民健康保険の適用の対象になるものであり、右却下理由は適切でなかったというべきであるが、右処分は、結論において正当であったと認められるから、何ら違法はないというべきである。

3  本件交通費等に係る処分は違法か否か。

(一)  前記1のとおり、厚生大臣が定めた本件基準は、憲法二五条一項、生活保護法の趣旨に照らし、合理的なものであると認めることができる。

そして、本件基準は、一般生活において経常的な最低生活を営む場合に社会通念上予想されるすべての需要を賄うことを前提に、経常的最低生活費を算定しているのであるから、本件交通費等についても、経常的最低生活費の範囲内で賄われるべきである。

したがって、本件交通費等に係る処分は適法であるというべきである。

(二)  これに対し、原告は、通院交通費など、経常的最低生活費に含まれていない費用については、その支給を受けるための交通費や申請に要する費用が経常的最低生活費に含まれているはずがないと主張する。

しかしながら、たとえ保護の対象が経常的最低生活費に含まれていない費用であるとしても、右保護の申請及び受給の際に被保護者が支出するであろう交通費や郵送料金自体は、被保護者が一般的に支出する交通費等と同様、社会通念上予想される需要に含まれるというべきである。

また、原告は、生活保護法三〇条は、居宅払の原則を規定したものであり、保護費の受領のための交通費等は、経常的最低生活費に含まれていない旨主張するかのようである。

しかしながら、同条は、生活扶助は、被保護者の居宅において行うものとするが、これによることができないとき等は、救護施設等の適当な施設に収容する旨を定めたものであって、保護費の支払場所を居宅とすることまでをも定めたものではないことは明らかである。なお、原告は、過去に通院交通費が原告の自宅に持参して支払われたことがあった旨主張するが、右の支払は、後記二5(一)認定の事情によるものであり、これをもって、居宅払が原則であるということはできない。

したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。

二  請求二について

1  違法な本件各処分を行ったことに基づく損害賠償請求について

前記一のとおり、本件各処分には、何ら違法はないことが認められる。

したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

2  受給者証明書の違法な発行手続に基づく損害賠償請求について

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、平成四年八月三日、福祉事務所に出頭し、けさよに係る医療費自己負担分、通院交通費及び公衆浴場へ行くための交通費の各支払を求める所要経費請求書と題する書面(〔証拠略〕)を提出するとともに、同月一日から原告らの生活保護の事務を担当することになった福祉事務所生活福祉第一係係員岡安清一(以下「岡安係員」という。)に対し、特別区交通共済掛金の免除を求め、けさよの国民健康保険の保険料の減免手続のための資料として、受給者証明書の発行を申請した。

これに対し、岡安係員は、右各申請事項について、検討の上、後日回答することにした。

(2) 岡安係員が、岩手県一関市の国民健康保険課に対し、けさよが保険料の徴収を受けないようにするための手続について照会したところ、けさよが同市から転居した以上、住民基本台帳上の転居手続をとるのが望ましいが、生活保護開始決定の写しを送付すれば、保険料を徴収しないよう措置するとの回答を得た。

そこで、岡安係員は、同月七日、他の四項目の申請事項と合わせて係長と脇議した上、原告に右回答を示した。原告は、いったんは生活保護開始決定の写しを送付する方法を了承したが、その後、右の写しを送付すると、生活保護の基準額等が明らかになって原告らのプライバシーが侵害されるとして、改めて受給者証明書の発行を求めてきた。そこで、岡安係員は、右同日、原告に受給者証明書を発行した。

(二)  右の事実によれば、福祉事務所職員が申請日に受給者証明書を発行しなかったのは、原告の申請事項が多岐にわたっていたことのほか、けさよが保険料の免除を受けられるための最良の方法を検討し、受給者証明書を発行する必要性を吟味したためであったこと、受給者証明書は、原告が再度発行を求めた後、速やかに発行されたことが認められ、福祉事務所職員が、意図的にその発行を遅らせたという事実を認めることはできない。

(三)  したがって、受給者証明書の発行手続が違法であるということはできず、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

3  家庭訪問の際の違法行為に基づく損害賠償請求について

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

岡安係員は、原告に対し、平成四年八月二一日、福祉事務所において、国民年金法に基づく障害基礎年金を受給しているけさよの収入を申告するよう指示したが、原告は申告書の受領を拒否し、岡安係員が原告に対する指示書を作成している間に帰宅してしまった。

担当係長及び岡安係員は、指示書を交付するため、直ちに原告宅に赴いたところ、原告は、岡安係員がドアの前で伺度か声を掛けても、なかなか出てこなかった。やがて、原告がドアを少し開けたため、岡安係員が更に大きくドアを開けようとすると、原告は突然ドアを閉めてしまった。岡安係員が更に声を掛けると、原告は、テープレコーダーとカメラを向けながらドアを開けたが、岡安係員が手渡そうとした指示書の受領を拒否した。そこで、岡安係員は、指示書の内容を原告に読み聞かせた。原告は、指示書の受領を拒否したまま、その場から立ち去った。

(二)  右の事実によれば、福祉事務所職員が、原告の住居の入口のドアを開けようとしたり、原告の住居の前で指示書の内容を読み聞かせた行為は、生活保護法二七条に基づき、原告に対して必要な指示をするためのやむを得ない行為であったというべきであり、その方法、程度が、社会通念に照らし、必要最小限度の範囲を超えたものであると認めることはできない。

これに対し、原告は、岡安係官がドアや錠に手をかけて強引に引っ張ったり、ドアに足をはさんでドアを閉めるのを妨げた旨主張し、甲一号証には、これにそう記載部分があるが、岡安証言に照らして直ちには信用し難く、前記認定を覆すに足りないというべきである。

(三)  したがって、福祉事務所職員の行為には、何ら違法はないというべきであるから、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

4  原告宅への違法な立ち入りに基づく損害賠憤請求について

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

原告は、福祉事務所に対し、平成四年八月一四日に一五万一一〇〇円の収入があった旨の届出を同年九月一一日に提出したが、右届出には収入内容が記載されていなかった。そこで、岡安係員は、同月一八日、右収入がけさよの国民年金法に基づく障害基礎年金によるものか否かを確認するとともに、原告らの資産状況、けさよの健康状態等を把握するために、身分証明書を携行した上、原告宅を訪問したところ、原告は不在であった。岡安係員は、けさよの同意を得て原告宅に立ち入り、けさよに対し、生活状況や健康状態について質問をし、右届出の収入内容を確認したい旨の原告にあてた手紙を残して辞去した。

(二)  右の事実によれば、福祉事務所職員は、生活保護法二八条一項に基づく調査を実施するために、けさよの同意を得た上で、社会的に相当な態様で原告の住居に立ち入ったものと認めることができるから、右職員の行為には、何ら違法はないというべきである。

(三)  これに対し、原告は、一級の心身障害者であるけさよは、事理弁識能力に欠けるから、住居への立ち入りについて、有効な同意をなし得ない旨主張する。

しかしながら、岡安証言によれば、一級の心身障害者として認定されている者であっても、直ちに、判断能力がないとまでいうことはできず、現に単身で生活している者もいること、岡安係員は、けさよと多少なりとも会話をすることができたことが認められ、右事実に照らせば、けさよが住居への立ち入りについて有効な同意をすることができないとはいえないというべきである。

(四)  したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

5  通院交通費等の支給の遅延に基づく損害賠償請求について

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

被告所長は、経常的最低生活費については、各月の始めの定例日に一か月分を支給しているが(定例払)、臨時的な経費については、各月三回の特例日の定め、支給決定がされた後、支給準備が可能な直近の特例日に、福祉事務所の窓口で交付する方法によって支給している。

原告は、福祉事務所の窓口での受領は交通費がかかるから、銀行振込の方法によるよう求めたところ、被告所長は、原告に対し、平成四年一二月から平成五年四月までの間、通院交通費と翌月分の保護費とを合わせて銀行振込の方法で支給した。

さらに、原告は、通院交通費として支給された金額が分かるように支給明細書を送付するか、保護費と通院交通費を別々に送金する方法で、迅速に通院交通費を支給するよう求めたので、被告所長は、原告に対する通院交通費の支給方法を検討したが、結局、平成五年五月以降、再び窓口で支給することにした。

ところが、原告は、通院交通費を受領するために福祉事務所に出頭しなかったため、岡安係員は、平成五年七月二〇日、同年五月一三日から同年六月一一日に支給すべき通院交通費(原告の同年四月一四日、同年五月一〇日及び同月二一日の保護申請に係る分)を原告宅に持参した。

(二)  ところで、通院交通費は、被保護者が実際に通院に要した費用を補填するために、被保護者からの保護申請に対する支給決定を経た上で支給されるべきものであり、あらかじめ、いつ、いくら支給すべきかを確定することはできないから、定例払の方法によることは困難であるといわざるを得ない。

そうすると、通院交通費について、事務の都合や被保護者の利益を考慮して、支給決定がされた後、支給準備が可能な直近の特例日に、福祉事務所の窓口で支給するという被告所長の取扱いには、合理性が認められるというべきである。

そして、原告が、本件通院交通費等を受領したのが原告主張のとおりの日であるとしても、これは、原告が、福祉事務所に出頭するための交通費の支給を要求するなどしたため、受領するのが遅くなったことによるものであり、福祉事務所職員の違法な行為により、本件通院交通費等の支給が遅延したことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  したがって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  結論

以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光広 森田浩美)

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